「二人の囚人が鉄格子から外を眺めた。 一人は泥を見た。一人は星を見た。」
(フレデリック・ラングブリッジ(1849~1923)「不滅の詩」より引用。)
星。夜空に浮かぶのは何万年も前の光だ、と聞いて、では我々が今生きている頃に発している光は、いつになったら地上に届くのか、と考えて昔怖くなったことがある。そのことを知ってか知らずか、古くから人類は星に対し何か特別な意味を込めたりする。
今回は、レンズの光源を六芒星(三角形を2個、上下に貼り合わせたような形。籠目とも。)に写す、M42マウントのレンズを2つ紹介したい。
その前に、今回はなぜ比較をしようと思ったのか、について述べてみたい。今回は、いずれも共通項が多い。①ロシアンレンズであること。②50mm f2.8であること。③星ボケを生み出せること、の3つ。役割・機能としてはぶっちゃけ被っているので、星ボケレンズの購入に躊躇しているダイバー諸君らの背中を押せるような文章にしたいと思う。
機材紹介①:Industar-61 L/Z
現在貸出中(後述)であり、写真なしにてご容赦願いたい。
対応マウント M42マウント
フォーカス MF
レンズ構成 3群4枚
絞り羽根枚数 6枚
最短撮影距離 30.0cm
開放F値 F2.8~16.0
最大径×長さ 57 x 59mm
重量 225g
フィルター径 52mm
筆者の購入経緯についてだが、海外赴任直後の夏に、オールドレンズの世界に足を踏み入れようと決めていた際、ファーストレンズとして買おう、と遠い地から決めていたものだ。ツァイスレンズに行くか、ロシアンレンズに行くか迷ったが、はじめてだし初期投資は少なくてもいいよね…というケチ根性でロシアンレンズの世界に飛び込んでみた。
いざ手に入れてみると現実感がなかった。ファーストインプレッションとしては、「50mmで30cmまで寄れるうえ、星ボケまで出るとはいささか贅沢では…?」と、狐につままれた気分だった。いくらオールドレンズ、自分が生まれる前に作られていた工業製品だとして、そんなに機能がついているもんかね…と、半分騙されていることも覚悟していた。だが幸運にもそれは杞憂だった。
機材紹介②:Volna 9


対応マウント M42マウント
フォーカス MF
レンズ構成 5群6枚
絞り羽根枚数 6枚
最短撮影距離 24.0cm
開放F値 F2.8~16.0
最大径×長さ 64 x 67mm
重量 340g
フィルター径 52mm
こちらの購入経緯について紹介する。Industarを購入してから2年ほど経過したころ。もう酸素ボンベなしで沼にて生活できるようになったある日、Industarをベッドで転がりながらぼんやり眺めていた――もっと寄れねェかなァ…。いやいや、そんな欲望の塊みたいなものあるわけないでしょうが…と冗談半分で探した矢先。やはり沼の浅瀬に住所を持つ筆者は、なぜか某クマからVolna9が送られてきた。そして気が付いたらズブズブ星ボケレンズ沼にハマっていた。
星ボケの出し方
さてさて、ここまで前提要素として話をしてきたけど、そもそも星ボケとは…何か。これは、後述の作例のように、背景の光源が六芒星(籠目)のようなヘキサグラムになっていることを示す。
出し方は以下の通り。
①光源にピントを合わせない
②f5.6-8の間で撮る
あとエッセンス的に付け加えるなら、大きさの調整ができることか。もし大きくするのならば、焦点位置をできるだけ近接にすること。この場合、例えば被写体(=ピントを合わせる位置)よりも背景の光源が大きくなるので、当然星の大きさも大きくなる。
以上。
実は、結構望んでなくても勝手に出てくるケースが散見される。以下の作例は、上記のルールに則り撮影している。
使用感と作例
使用感については、Industar、Volna、いずれもピントリングにしっかり手ごたえがある反面、絞り環はものすごくスムーズに回る。幸い、筆者が手に入れた個体はいずれもクリアにファインダーまで光を届けてくれる。Industarの方が一回り小さい分、軽く感じるが、実際に一眼レフに着用するとわずかに小さい分、やや不格好な感じ…?
Industar-61 L/Z


しっかり解像もして、星ボケも出てくる。なんていい買い物なんだァ…と感動していたのも束の間、夢の国にこれを持っていくことにした。

思った以上に六芒星が出てる!すごい!同行者にも見せた。とても喜んでいた。もちろん、この星ボケを出すためだけに、わざとピントを外している。ここで筆者に電流が走る――イルミネーションに持っていったら、どうなっちまうンだァァ~ッ!?
…人生そんなにうまくはいかない。結局このレンズでイルミネーションを撮ることはなかった。多くは語るまいが、とにかくそうだったんだからしょうがない。
このレンズを使ってフィルムカメラ(PENTAX Z-1P)で撮影を行ってみた。


やはりフィルム時代に設計されていただけあって、なんというか、雰囲気を捉えている気がする。
Volna 9


Industarと比較すると、なんというか、アウトプットが違う気がする。ピントが合っているところの立体感の情報量が多い気がする。レンズの枚数が関係しているのだろうか…?まぁいっか。
フィルムでの作例



これもフィルムとの親和性があると思う。このレンズを使っていて、不便さはない。描写力もあり、今でもマクロレンズとして常用している。デジタル、フィルム問わず、本当に万能。
ここまでご覧いただいたかと思うが、本当に甲乙つけがたい。
入手例
いずれのレンズも中古市場で手に入れる必要がある。もっとも、この手のロシアンレンズの売主はどうもロシアとかウクライナから輸入してどーのこーの、というメッセージが多い気がする。よく整備されているので購入した後も使用するうえで気になる点はない、とはいうが、ならなぜこんなに絞り羽根にべっとべとにオイルがくっついてんでぃ、と江戸っ子が出てきた。でもまだ不具合出てないし大丈夫だと思う。
ちなみに値段についても触れておく必要がある。Industarは1万円程度、Volnaは2~3万円程度で購入できることが多いようだ。コスパを考えれば、圧倒的にIndustarがいい。ほぼ同クオリティのアウトプットを1/2のコストで調達できるのだから、オールドレンズのロシアンレンズ部門の登竜門としてはうってつけではなかろうか。
そのため、筆者はこれを撒き餌的に使う。気に入れば自分でも買う、というカメラ愛好家の特性を活かし、布教用にレンタルする。
なので、今手元にない、というわけだ。
おわりに
今回は、はじめてレンズについてレビューをしてみた。個体よりも作例が多くなるので文章少な目でいいから楽だなァ…という楽観と、この写真載せようか、いやどうだろう…という葛藤があった。書いていて楽しい分、沼の入口への誘引力は弱かったんじゃないか、という反省もある。
個人的には、いまさらこんなこと言うのもあれだけど、Volnaのほうが気に入っている。IndustarでできることはVolnaでできてしまうが、Volnaでできる一部の事は、Industarではできないからだ。つまりマクロ機能のことを筆者は申し上げているのだが、もちろん、これ以外にもちょっと気を付けなけらばならないことがある。このIndustarは、調べてみたら結構モデル違いとかでこの星ボケができるレンズかどうかが分かれてくるらしい。この観点から、これからロシアンレンズの世界に飛び込んでみようという方で、Industarを購入しようと検討している方々はぜひ事前に購入レンズをよくよく確認してほしい。
最後に一言。
筆者は、これらのレンズの運用については、マウントアダプターを介して使用している。マウントアダプターとは、カメラにもともと付けられているものとは異なるマウント(=レンズの接合部の形)に、レンズを付けられるという罪深い器具である。筆者はKマウントユーザーなので、K-M42のマウントアダプターリングを購入した。オススメは、M42はよく絞りピン(=押し込まれていると絞りが機能するもの)が組み込まれているので、公式のものではなく、例えばRAYQUAL社のものだと、アダプターにレンズをねじ込むだけでピンが押されるような形なのでオススメ。筆者は一度これで公式のものを用いて失敗した事例があり、一日ずっと開放で撮り続けた。
いかがだっただろうか。今回筆者はロシアンレンズという奥の深い世界の浅瀬を紹介したつもりでいる。そして紹介した2つのレンズはいずれも、星ボケという幻想的な光源を写真に写しこめる、なかなかに面白いレンズであるので、是非手に入れて、自身の表現の幅を広げてほしい。
レンズは、あなたを深みへ誘う。
どうかよいカメラライフでありますように。
「めくるめく古の鏡筒たち」シリーズは他にもありますので、こちらもぜひ合わせてご覧くださいませ。
コメント
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