男がいた。
男はカメラを愛した。ライカ、コンタックス、ローライ…。舶来から国産まで、あらゆるカメラを集めた。しかし、そこには男が夢想するカメラがなかった。世の中に出回っているカメラでは、いつまで経っても自分の「夢(イデア)」にたどり着かない――そうだ、自分の理想のカメラを自分で作ればいいんだ――
男の執念のなせる業なのか、はたまた運命なのか。
開発者の名前を冠したブローニーフィルムカメラ。ゼンザブロニカが生まれた。
初号機であるD、普及機であるS2、EC、645化したETR。いずれも名機であるが、今回はその中でも、汎用性も高く(比較的広い沼でもあるし)、市場に未だ出回っているS2について紹介したい。
ゼンザブロニカS2
今回紹介するのは、6×6中判フィルムカメラであるゼンザブロニカS2。本当に今でも多く中古市場に出回っている、普及機だと思う。個人的には、もし中判フィルムカメラを勧めるのだったらこれか、バケペンか、だと思う。皆様が言いたいことはわかる。なぜハッセルがラインナップにないのか、と。まだ新しいものもあるハッセルは、残念ながら一部の投機目的の方々が徒(いたずら)に値段を上げまくっている。マネーゲームの材料となってしまっている側面も否定できないため、今は強くおススメできない。普通にT*が使える数少ない中判フィルムカメラなのだが…甚だ遺憾である。
だからといって、消去法でゼンザブロニカを選ぶには早計すぎる。むしろ、普及機だからこその楽しみ方をここでは紹介したい。
ゼンザブロニカS2スペック
以下、タムロンのHPから抜粋。
レンズマウント:バヨネット式ブロニカマウント、スクリューマウント(径57mm、ピッチ=1mm)
ファインダー:フレネルレンズ付、ピントグラス方式
ピントフード:着脱式・ルーペ付・プリズムファインダー、野外用ルーペと交換可能
焦点調節:ヘリコイド式・ストローク14mm・繰出リングの回転角250度着脱可能
距離目盛:繰出リングに75mmレンズ用目盛付・焦点深度目盛・赤外線補正マーク付
ミラー:降下式インスタントリターンミラー
絞り:完全自動絞り
手動絞り:カメラボディの手動絞りボタンにより操作、焦点深度確認可能
シャッター:縦走りフォーカルプレーンシャッター、一軸不回転ダイヤル 速度 B・1・1/2・1/4・1/8・1/15・1/30・1/60・1/125・1/250・1/500・1/1000・X(1/40)T(シャッターボタンロック操作による)
フィルム交換:ボディーに完全連動する着脱自在のフィルムバック、引蓋安全機構
巻上げ:クランク又はノブによる・約3回転・セルフコッキング式
フィルムカウンター:自動復元式
外装:18-8ステンレス鋼板磨仕上
サイズ:100x100x140mm
重量:1,780g
発売価格:93,500



ご覧の通り、外見はやはりハッセルブラッド1000Fに似ている。似すぎてクレームもあった、という話だが、それでもいいものはいいのだから、仕方ない。また、見た目に反し結構重たい。前述した通り、本体だけで2kg近い重さであるうえ、比較的大玉が詰まっているレンズをくっ付けているのだから、当然トイカメラよりも長時間の携行は肩や腰にダメージがある。

この手の一眼レフは、なんとフィルムバックを交換可能であり、そのために光が入らないよう遮光板で感光しないようにステンレスの蓋で閉じられている。バックを変えるときは、これをグッと奥まで差し込むと、ポロっとバックごと取れる。



ちなみに、筆者はよくシャッターチャンスだ!と思った時にこの遮光板を抜き忘れていることが多く、その時の「また取ってなかったの?残念でしたー!」と言わんばかりのあの固い手ごたえはなんともムカつく…がもういい大人なのでそこはグッと我慢。
豊富なレンズ群
S2の強み。レンズ供給の大宗はニコンから受けていたらしく、ゼンザブロニカ用のレンズはニッコールの名を冠するレンズが豊富。その他、ゼンザノンブランドのものもある。

とりあえず、50、75、100、150があれば一通り大丈夫だろうと思う。筆者より底にいる地底人の諸君は、恐らくもう少しラインナップがあるのだろうが、申し訳ない。もしまた機会があれば、個々のレンズについても書き記してみたいが、今回はこれだけ。ちなみに、筆者の調べたところ、ゼンザブロニカS2で扱える、最も明るいレンズはCarl Zeiss Jenaの80mm f2.4らしい。いつか機会があれば、手に入れてみたい…もとい、使用してみたいものだ。

ゼンザブロニカS2の使用感と作例
使用感は、一言でいうと驚き。撮影には、ウェストビューファインダーを見ながら、レンズを右に左にいじくって距離を調節し、右手で小さいシャッターボタンを押し込みシャッターが切れる。
特筆すべきは、そのシャッター音。使ったことのある人にしか伝わらないか心配だが、とにかくめちゃくちゃデカい音。「バチャン!」「ガシャン!」といった、倉庫のシャッターを思い切り下に叩きつけたような、そんな音。ミラーショックが大きいのか、フォーカルプレーンシャッターの勢いがいいのかわからないが、とにかく物凄い音が鳴る。
作例はこんな感じ。







どれも、非常に緻密な写りをしている(気がする)。やはり中判なので、引き延ばしにも耐えうるのだろう、と思ったけどこれデータだしなァ…とか思ったけどもうめんどくさいのでそういうことにしておこう。
筆者のような近未来に生きるどルビテル野郎が撮っても、それなりな画が撮れるのだから、当時のユーザーは、それはもう狂喜乱舞していたのだろうか。こればかりは国民的青狸にお願いして時空をさかのぼるしかあるまいが、とにかく、普及機の位置づけであるS2がここまでの描写をするのだから、コスパの観点からも素晴らしい。
そして最近ようやく手に入れたNikkor-H.C 75mmの作例がこちら。



このレンズは、発売当初、Pの上位機種としての位置づけだったらしい。人によってはこのレンズの存在意義を問うている人もいるらしいが、個人的には、描写力がカリカリな感じがとても気に入っている。Pと比較すると、やはり合焦している付近が精緻に描写されていると感じる。むろん、PはPでとてもふんわりした写りだと思うので、使い分けてみたい。
多重露光
最近気づいたのだが、ゼンザブロニカS2でも多重露光は可能のようだ。他の機種のように、そもそも機材にそのような装置や機構が組み込まれているわけではないが、手順だけ記しておきたい。もっとも、これでカメラ本体がどうにかなった、とかはもう自己責任でお願いしますねマジで。
①撮る。
②遮光板入れてバックを外す。
③シャッターチャージのハンドルを回す。(写真7の状態で回す。)
④バックを付ける。
⑤もう一回撮る。
要するに、チャージするには一回フィルムバックを外す必要がある、ということ。バックをつけないでシャッターを切るので、極力変なホコリが入らないように注意して切ってほしい。

普及機でも、こんな感じで多重露光ができるので、表現の幅がグーッと広がったはずだ。もしかしたら、読者の皆様の中には表現を極めようとする探究者の方々がおり、このような使い方をすでに認知していると思われるが、ここは沼の入口。できるだけ多くの皆様に、こうした可能性や発展性を拙文ながら伝えてみたい。
ゼンザブロニカS2入手例
現在も皆様の住処である某オクとか某カリとかに多く出品されているため、入手難易度はそこまで高くない。ただ、これもいつ投機目的の輩に目を付けられるかわからないので、早めに入手する事をお勧めする。どちらかといえば、レンズの方が大変かもしれない。状態のいいものであれば尚更。ちなみに筆者が一番難しいと思ったのが、H.C。マジ全然見つからなかった。たまにジャンク品にくっついているものを狙うのもアリ…?
終わりに
今回は、今までと打って変わって、中判フィルムカメラの名機を紹介させていただいた。筆者としては、できるだけ多くの人に中判の世界に入ってきてほしいと強く思っている。そのため、このような場を借りて、自身の拙い作例とともに、言葉を編んでみた。
ここまで読んでいただいた諸兄らは、「あれ?タイトル回収まだ?」と思われるかもしれない。そう、元ネタであるあの映画は、コピーとオリジナルの対立、いわばアイデンティティの衝突を描いた映画だったと思われる。ゼンザブロニカももしかしたら、やはり行きつく先がハッセルブラッドだったとして、結局あのような形になったのだろうか。コピーはしていない。むしろあの形に「進化」したのだ。
仮にコピーだったとして、そのカメラの何が、あるいはどんな価値が毀損されるのだろうか。コピーであっても、オリジナルであっても、カメラはカメラ。いいカメラ、悪いカメラ。そんなの人の勝手。本当にカメラ好きなら、好きなカメラで撮れるよう頑張るべき。どこぞの四天王のセリフを恥ずかしげもなくパクr…もじって紹介してしまったが、もう深夜のテンションてことで許してほしい。
いずれにせよ、このゼンザブロニカS2は直感的でわかりやすい操作系と、非常に豊富なラインナップであなたとの出会いを待っている。
もし触れる機会があるなら、是非男のロマンが詰まったこのカメラを通じて感じてほしい。男の目指した夢が、きっと垣間見えるはずだ。
どうかよいカメラライフでありますように。
コメント
[…] ランド博士が自身の娘の一言で開発したインスタントフィルム。前回 もそうであったように、やはり後年まで残るものは何かしらこう、開発者の執念がこもっているものが多い気がす […]
[…] そういうわけで今回は、以前紹介したブロニカS2の標準域のレンズ3種をようやく入手のうえ、比較撮影を実施したので、それを記録として残したく、寄稿させていただく。ところで、中 […]