一眼レフ用ペンタプリズムの再生(銀鏡反応の応用)

執筆者:e51

 一眼レフ機を修理するにあたり、最終的に困るのがペンタプリズムの劣化です。

 プリズムの劣化には様々な原因がありますが、そのほとんどは固定用のモルトや緩衝材の腐食に伴うものであり、腐食部分が黒く抜けてしまうために、部位によってはピント合わせが非常に困難となります。

 中には蒸着された銀の保護用の塗料の劣化により、全体的に破損してしまっているケーズも見られます。

 現在簡易的な修理としましては、アルミホイルを巻く方法や表面鏡を貼る方法が一般的ですが、広範囲の修理には向かず、また、黒い腐食部分は消えてもそこがぼやけてしまう欠点も見られます。
 きれいな一眼レフ機に修理するためには、他のジャンクカメラから健全なプリズムを移植するか、業者に再蒸着を依頼するかになりますが、金銭的な問題やドナーの個体を見つける手間がネックとなります。
 筆者は以前、その問題をクリアーすべく、市販のミラースプレーを使用してペンタプリズムの再生を試みましたが、ピント合わせはできるようになったものの、像が少し粗い感じになりました。

 そこで今回は、より元に近いペンタプリズムを再生するために、化学の実験で行う銀鏡反応を応用して仕上がりを検証しました。

注:危険な試薬も使用しますので、ご自分で実験される場合は、ご自身の責任で安全には万全の注意をして行うようにして下さい。

銀鏡反応とは?

 ググって下さい。(笑)
 要は、アンモニア性硝酸銀溶水溶液を作って、それを還元する事によってガラス面に銀をくっ付けて、鏡を作ろうって反応です。
 ペンタプリズムは、屋根の部分2面と接眼部正面が鏡の構造になっています。

試薬の準備

試薬は下記の物を使用しました。

劇物が含まれますので、薬局での購入の際には、身分証の提示と使用目的が求められます。薬局であっ ても、劇毒物の取り扱いのできない薬局では購入できません。
 特にアンモニア水は強烈な臭いがして、揮発性が高いので使用する時のみ冷蔵庫から取り出す等、取り扱いには十分注意して下さい。

注:この反応に使用する試薬はそれぞれ少量ですが、廃棄につきましてはお住いの自治体の指示に従って下さい。不要になった試薬をそのまま川にぶちまけるとかは絶対にしないで下さい。

  1. 塩化すず(Ⅱ)和光1級
  2. 硝酸銀 鹿1級
  3. 水酸化ナトリウム「コザカイ・M」日本薬局方
  4. 無水結晶ブドウ糖
  5. アンモニア水 25% JAS一級
  6. 精製水
  7. ベンジン
  8. 無水エタノール

器具の準備

 今回使用した器具は以下の物です。

  1. 電子天秤:0.01gまで表示できる物なら家庭用でも可
  2. 薬包紙:試薬の計量に使用
  3. スパーテル:計量用
  4. 計量カップ:10ml単位で表示のあるもの
  5. 試液入れ:今回は水剤の投薬瓶を使用(目盛りがあると便利)
  6. スポイト:1mlの計量ができると便利
  7. 反応容器:耐熱ガラスの小さい透明コップが便利
  8. 水浴:反応容器が入るくらいの小さい耐熱容器
  9. ドライヤー
  10. ティッシュやシルボン紙、新聞紙
  11. 塗装剥離剤、もしくはサンポール(必要によりピカール等研磨剤)
  12. 激落ちくん
  13. マスキング用具
  14. ミラースプレー
  15. ラッカースプレー黒
  16. ピンセット

試液の調整

 使用する試液は、スズ溶液、アンモニア性硝酸銀水溶液、水酸化ナトリウム水溶液、ブドウ糖水溶液の4種類です。
 一般の実験テキストでは、ほとんどがmol濃度で記載されていますが、ここでは再現しやすいように実際の秤量値で示します。
 筆者の実験では、安定してきれいなペンタプリズムを再生するのに、2回反応が必要でしたので、その量を記載しています。
 試液の保存瓶や器具は水道水で洗浄後、精製水ですすいで下さい。

注:参考文献の中(「レンズとプリズム―その研磨の実際 」吉田正太郎 (著)」)には、残った試液による爆発事故の記載がありましたので、安全のため調整した試液はその日に使用して、残液の廃棄を適切にするようにして下さい。

以下の容量はペンタプリズム1個の再生分量として

1:スズ溶液50ml 1本(銀をガラスに付着しやすいようにする下処理剤)

 塩化すず(Ⅱ)0.1gを容器に量り取り、精製水を加えて50mlにします。

2:アンモニア性硝酸銀水溶液50ml 2本

 硝酸銀1gを容器に量り取り精製水を加えて30mlにします。(硝酸銀水溶液)
 それとは別に、アンモニア水1mlに精製水を加えて20mlにします。(希釈アンモニア水)
 硝酸銀水溶液に希釈アンモニア水を少量入れると写真のような褐色になります。

 さらに希釈アンモニア水を入れ続けると10mlくらいから褐色が薄くなり始めますので、透明になる瞬間まで希釈アンモニア水を入れます。
 この時、希釈アンモニア水を入れ過ぎないのがポイントです。最後は1滴で劇的に透明になりますので、色が薄くなったらスポイトで1滴入れては振る作業を繰り返します。
 完全に透明(若干黒みがかる事あり)になったら精製水を加えて50mlにします。この試液を2本作ります。

3:水酸化ナトリウム水溶液50ml 3本

 水酸化ナトリウム0.4gを容器に入れて精製水を加えて50mlにします。今回使用した水酸化ナトリウムは粒状になっていたので、ぴったり0.4g秤量するのは不可能でした。粒を選んでなるべく近い値にします。若干少なくてもいいと思います。
 この試液は反応用2本とプリズムの洗浄用の1本。計3本作ります。

4:ブドウ糖水溶液50ml 2本

 ブドウ糖5gを容器に入れて精製水を加えて50mlにしますが、最初に少し精製水を容器に入れておいた方が溶けやすいです。この試液を2本作ります。

プリズムの下準備

 今回の実験は腐食プリズムの部分修理ではなく、完全修理をしますので腐食したペンタプリズムを完全なガラス状態にします。
 腐食部分は激落ちくんで簡単に落ちますが、塗装の残っている部分はなかなか落ちません。
 ガラス面に傷を付けないように、できるだけ薬剤で落とすようにします。
 筆者はコスト的に、トイレ洗浄用のサンポール原液に1日漬けました。
 筆者の経験ですと、市販の剥離剤を使用すると銀の部分が残ってしまい、それを物理的に完全に除去するのは、かなり手間がかかります。

 サンポールですと、黒の塗装面と銀の部分がベロっと剥がれますので、銀が若干残りますが、後の処理が楽です。

 微量の塗装の残りは激落ちくんで処置できますが、落とせない場合はピカールや研磨剤を使用します。
 ガラス面に傷ができるとペンタプリズムの性能が著しく落ちますので、荒い研磨剤は使用しないように気を付けます。
 これがガラスだけになったペンタプリズムです。

 きれいなので、このままライトアップするとすてきなオブジェになりますが、銀鏡反応にはさらに表面をきれいにする必要があります。
 まずは台所用の中性洗剤で洗います。

 水道水で洗剤を洗い流した後、精製水で流し、さらに反応面の脱脂と洗浄のため、調整した水酸化ナトリウム水溶液に1時間くらいつけておきます。

 ここからは反応面には触れないようにします。反応面は写真の3か所です。

 取り出したプリズムを精製水で流し、ドライヤーで乾燥後、シルボン紙にベンジンを染み込ませて清拭、次に無水エタノールで清拭をします。
 次にマスキングテープで反応面以外をマスクします。
最初に、ガラスが素通しになる底面と、接眼面をマスクします。ここは最後にマスキングテープを剥がす所です。
 そのあと、反応面以外をマスクします。

 最終的にペンタプリズムは、2つの素通しの面の他はコーティングで真っ黒になりますが、黒の下には3つの鏡の面ができる事になります。

反応処理

下処理

 最初に反応面に析出した銀が付着しやすいように、スズ溶液にプリズムを漬けます。念のためマスクしていない反応面3つをベンジン清拭、無水エタノール清拭をもう一度します。
 プリズムが入る容器にマスキングをした底面が下になるようにプリズムを入れ、スズ溶液をプリズムが完全に水没するように注ぎ、約10分間放置します。

 反応面に触れないように取り出したら、精製水ですすぎドライヤーで乾燥します。放置中に水浴に80℃くらいのお湯を用意しておきます。
 反応が一番効率的なのは60℃くらいらしいので、冷める事を予想してそのくらいの温度にします。

反応処理1回目

 (今回の作業は全て室温で行っています。)
(1)反応容器にペンタプリズムを入れます。
  ここに一つポイントがあります。
 反応面が水面と平行になっていると、ガラス面以外で析出した銀のカスが降り積もってしまって、反応面に銀が付着できません。
ですから反応面全てが水面と平面にならないように、プリズムを反応容器に置く必要があります。
つまり、プリズム先端の三角部分を底面にするように置きます。

 非常に不安定なので反応処理中にプリズムが倒れないように気を付けます。

(2)プリズムが倒れないように注意をしながら、反応容器に水酸化ナトリウム水溶液50mlとブドウ糖水溶液50mlを入れます。
 別容器があれば、そこで混ぜてから注ぐ方がプリズムの転倒を防ぐ事が出来ます。

(3)そこにアンモニア性硝酸銀水溶液を20mlくらい注ぎます。すぐにこのような色に変色して反応が始まります。

 反応速度は温度が高い方が速いのですが、先にガラス面ではなく液中に銀が析出するとそこに眼が集まってしまうので、最初の反応をゆっくりにするためです。
 なお、この操作に化学的根拠は全くありません。(笑)

(4)5分くらい放置すると表面にきらきら光る銀の細かい粒が見えてきますので、真っ黒で見えない液の中のプリズムが倒れないように注意しながら、反応容器をそっと水浴のお湯の中に移動します。
 すると急に反応が速くなって液の色が黒から上部は灰褐色に変わってきます。

 残りの銀液を15ml追加して10分間くらい放置します。さらに残りの銀液を15ml入れて作った50ml全て投入します。 ガラスコップに銀が付着して鏡が出来ているのが外から観察できると思います。

(5)30分以上放置して、上澄み液がモヤモヤしたヘドロみたいになってきたら液を出してプリズムを取り出します。 このヘドロの中からきらきら光る鏡が出てきたら、反応自体は成功です。

 付着した銀は剥がれやすいので、取り出す時に反応面には触れないようにします。

(6)軽く精製水で流して、銀が厚くしっかり付いているか確認します。

 まぶしいくらいに輝いていればそれで終了ですが、だいたいムラが出来てプリズム内が少し透けているような感じになると思います。
 そうしたら、付着した反応面についている茶色い不純物をそっと精製水を染み込ませたシルボン紙でなでるように拭き取ってから、2回目の反応を行います。
この時マスキングテープが剥がれていたら、できる限り反応面を触らないように修正しますが、無理をしなくてもいいです。
2回目の反応はもう銀が付着しているので、プリズムを置く位置に気を付けて、水浴の中で(2)から実験をスタートして大丈夫です。

 2回反応が終了するとこのような状態になると思います。

 厚く銀の付着した反応面は表面鏡のようになりますので、銀が酸化しないうちに精製水でそっと洗い、ドライヤーで乾かしてコーティング処理に移ります。

コーティング処理

 ここでマスキングテープを剥がして反応の確認をすればいいのですが、OKとなって再びマスキングをする時に銀に傷が付くとショックが大きいので、このままコーティングします。
 まずは銀にムラや傷があると最終の黒のコーティングで目立ちますので、保険としてマスキングテープを剥がす前に、反応面をミラースプレーでコーティングします。
 これが乾けば少々ラフに扱っても大丈夫です。

 次に、接眼面と底面の最終的に素通しのガラスになる部分以外のマスキングテープを取り除いて、黒のラッカースプレーで最終コーティングをします。
 プラモデルと同じく一気に塗ると液だれを起こしますので。少しずつ重ね塗りをします。

仕上げ

 残った2面の素通し部分のマスキングテープを剥がします。
 銀が入っていたり、黒のコーティングが入っていたら、平面に切った激落ちくんでそっと撫でて拭き取ります。
 落ちなければ、シルボン紙に無水エタノールを少し染み込ませてそっと拭き取ります。
 このように仕上がると思います。

組み込み

 仕上がったペンタプリズムをカメラに組み込みます。

おわりに

 今回の実験で、個人であっても銀鏡反応を応用する事によって、ペンタプリズムを再生する事は十分可能だと分かりました。
 仕上がりもミラースプレー法よりきめが細かく、元の状態に近いと思われます。

 筆者は化学に精通しているわけではありませんので、今回の実験の手法にはまだまだ改善の余地があると思われます。
 今回の実験はたたき台です。
 今はもう生産されなくなった、古い一眼レフ機。
一台でも多く稼働状態で未来に残せるように、知識のある方々が、さらに簡単で確実に再生できる方法を考案して下さる事を期待します。

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